ボスはニューヨークで仕事をしていた人だが、とてもユニークな人だった。けれどユニークというだけではなく、いいディーラーには不可欠である繊細さも備えた人だったと思う。神経質ではないから、下で働くのは窮屈ではなく楽しかった。
ユニークと言えば、若い男子もつれてみんなで食事にいくと、中華料理屋さんではおおきな餃子をあるだけたのんでくえくえと言ったりしていてすごい人だなあと思って見ていた。アイスクリームも店にあるのを全部買ってこさせたりして、どうやら’全部’がすきなようだった。
オーダーメイドの色シャツを着て、いつもエルメスの動物のネクタイをしていた。私がまだかけだしのころに、自分のチャート分析により大きく益を出した時に、外国からエルメスのスカーフを買ってきてくれたのは思いがけずとてもうれしかった。私はまだまだ幼くて神経質なところがあり、苦しんでいる時は気づいて話を聴いてくれたりした。
2009年9月3日木曜日
2009年9月2日水曜日
土門拳の聖観世音菩薩
昨日奈良の番組を見たのだが、大好きな聖観世音菩薩がでてきた。三好和義さんが、薬師寺に廻った時に、こんな写真がとれる人になりたいと思った一枚として、土門拳の聖観世音菩薩像を横から撮ったものを紹介していた。
土門拳の写真は以前見たことがある。視点が普通とは違う。迫力がある。もう一度見たい。
土門拳の写真は以前見たことがある。視点が普通とは違う。迫力がある。もう一度見たい。
2009年9月1日火曜日
「スポット円ディーラー【ショーター由美子】の巻」-4
アシスタントは大変な仕事だが、私は珠算をやっていたので、全部暗算でポジション計算ができたから仕事が速かったし、ディーラーが自分で何をやったのかわからない場合でも、私はどこで何本売買したのかをほとんど把握していたからひどく重宝がられた。ミスは大きな損につながるし、またなんとしても、こいつはいいと思われる仕事をしなければ使ってもらえないと考えていたので、どんなことも見逃したり聞き逃したりしないように、今考えても恐ろしいぐらい集中して仕事をしていた。客が次から次にやってくるし、死に物狂いでディーラーについていく気持ちがないと、すぐにポジションがわからなくなってしまうからだ。
それに加え、今のような自動インプットシステムではないから、全部のディールをブローカー5社とチェックして、毎日毎日恐ろしい枚数のチケットを手書きした、よく腱鞘炎にならなかったものだ。
それに加え、今のような自動インプットシステムではないから、全部のディールをブローカー5社とチェックして、毎日毎日恐ろしい枚数のチケットを手書きした、よく腱鞘炎にならなかったものだ。
「スポット円ディーラー【ショーター由美子】の巻」-3
そういえば、ボスに頼みに行く前に、何人かの男性のディーラーの先輩に相談しにいったところ、たぶんあまりディーリングが好きではなかったのか、誰一人いいんじゃないのと言う人はなく、「薦めない」という答えが返ってきたのだが、なぜかじゃやめとこうというふうにはならなかった。
薦めないというのは、儲けるのはむずかしいからつらい思いをするという意味でいってくれたと思うのだが、みんななんとなくやって苦労しているようだったし、なんとか工夫をしてうまくできないのかなと思ったような気がする。
また、難しいといっても、だれかがやっていることなら自分にできないこともないと思ったのだろうか。とにかく、雑用をやっているよりはディーリングに挑戦してみようと思った。
薦めないというのは、儲けるのはむずかしいからつらい思いをするという意味でいってくれたと思うのだが、みんななんとなくやって苦労しているようだったし、なんとか工夫をしてうまくできないのかなと思ったような気がする。
また、難しいといっても、だれかがやっていることなら自分にできないこともないと思ったのだろうか。とにかく、雑用をやっているよりはディーリングに挑戦してみようと思った。
それは美しい
今は仏像が大人気らしく、5万円ぐらいするフィギアなども完売になったりしているそうだ。私も10年ほど前から少なくない数を見てきているが、最もすきなのは薬師寺の聖観世音菩薩だ。普通は一度見たら行かないが、薬師寺は両親をつれていきたかったのはあるが、2回行った。ほかにも月光菩薩など有名なものがあるが、私の目的はこれだけだ。
見せようという装置的なものはなく、古い木造のお堂の中に、ただそこにいるという具合に立っている。ここにくると前を立ち去りがたい思いにかられる、どうしてもなぜだかずっとそこにいたくなる。私はただただ惹かれるだけで、能書きはどうでもいいのだが、色なき色を見、音なき音を聴く「観」をもって人々の苦しみを救ってくれるのだそうで、昔から多くのファン・信者がいるそうだ。
薬師寺を調べていたら、吉祥天女画像もここにあることは知らなかった、1/1-1/15まで金堂ににお祀りされるらしい、見てみたいな。
見せようという装置的なものはなく、古い木造のお堂の中に、ただそこにいるという具合に立っている。ここにくると前を立ち去りがたい思いにかられる、どうしてもなぜだかずっとそこにいたくなる。私はただただ惹かれるだけで、能書きはどうでもいいのだが、色なき色を見、音なき音を聴く「観」をもって人々の苦しみを救ってくれるのだそうで、昔から多くのファン・信者がいるそうだ。
薬師寺を調べていたら、吉祥天女画像もここにあることは知らなかった、1/1-1/15まで金堂ににお祀りされるらしい、見てみたいな。
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